★キリスト教王国を夢見た大友宗麟 展
大分県立歴史博物館、2015年10月16日(金)-11月23日(月・祝)
フランシスコ・ザビエルと出会い、キリシタン大名「ドン・フランシスコ」となった大友宗麟。彼の保護の下、大分県ではキリシタン文化が花開きました。特に府内は、教会、コレジオ(宣教師養成学校)、病院、育児院などが建てられ、町中には異国情緒豊かな雰囲気が漂っていました。やがて布教が広まるにつれ、多くの信者が聖母マリア等の聖画やメダイ、十字架などの信心具を渇望するようになり、その需要に応えるため、日本国内でも聖画や信心具がつくられるようになりました。こうした中、宗麟は日向国(現・宮崎県)にキリスト教の理想郷「ムシカ」の建設を目指します。しかし、その夢は島津氏との攻防によりむなしく潰え、さらに宗麟の死に呼応するように伴天連追放令が出されるなど、情勢は大きく変わり、ついには江戸時代の禁教へと向かっていきました。
こうしたキリシタン文化の研究は、これまで主にキリスト教学、文献史学、美術史学等の分野からなされてきました。しかし、近年考古学的発掘調査によってキリシタン遺物やキリシタン墓が確認されるようになり、さらに、資料の理化学分析も可能となって、新たな視点からの研究が可能となってきました。本展ではキリシタン文化の変容について、学術的研究をとおし明らかにします。
こうしたキリシタン文化の研究は、これまで主にキリスト教学、文献史学、美術史学等の分野からなされてきました。しかし、近年考古学的発掘調査によってキリシタン遺物やキリシタン墓が確認されるようになり、さらに、資料の理化学分析も可能となって、新たな視点からの研究が可能となってきました。本展ではキリシタン文化の変容について、学術的研究をとおし明らかにします。
※なお、こちらの掲載画像は、当ブログが独自に定めるガイドラインに基づき、大分県立歴史博物館さま(HP)よりお借りしました。
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