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[企画展]★神田日勝、その画業の流れを追って展

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(神田日勝 『馬(絶筆・未完)』、1970年)
 
★神田日勝、その画業の流れを追って展
 神田日勝記念美術館、2014年4月22日(火)-10月19日(日)
(WEBサイト→)
http://kandanissho.com/infomation/?cnt=15
 
 今回の常設展では、神田日勝の画業を時代や画風の変遷に沿ってたどります。
 神田日勝は、1956年、19歳のときに帯広の平原社展で『痩馬』が初入選して朝日奨励賞を受賞しました。そして1960年に『家』が全道展に初入選し、これが画家としての実質的なデビューとなりました。翌61年には『ゴミ箱』が全道展で北海道知事賞を受賞して兄・神田一明も入賞、さらに兄の妻比呂子も会友に推挙され、芸術家一家として話題になりました。
 農業の傍ら絵を描き、自身の生活を足元から見つめ、生活に根ざしたテーマを茶褐色の色調で描くという日勝のスタイルは、ベニヤにペィンティングナイフを使用することで、独特の質感を獲得します。農耕馬の毛の一本一本まで刻むような描き方は、細部まで克明に表現しようとする日勝のこだわりを示しています。
 1964年の『牛』では、牛の腹部の鮮明な赤い色が印象的ですが、この作品以降次第に鮮やかな原色を用いるようになります。また、1968年の『晴れた日の風景』では、厚塗りの絵の具を荒々しい筆触で表現し、当時の美術潮流の中の〈アンフォルメル〉などの動きに敏感に反応していた様子がうかがえます。
 1968年頃から、厚塗りによる表現主義的なものと細部まで克明に描く手法で、自己と社会との関係や人間存在を見つめた作品を同時に制作するようになります。本展では展示されておりませんが、1970年の『室内風景』は最後の完成作となりますが、日勝の「自らの生を描くことを通して追求していく」ことの集大成となっています。同じ年の『馬(絶筆・未完)』は自画像のような作品で、32歳8か月という若さで急逝した画家の無念さを感じさせます。
 
※なお、こちらの掲載画像は、当ブログが独自に定めるガイドラインに基づき、神田日勝記念美術館さま(HP)よりお借りしました。
 
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