(上鷲別 小公園。小さい公園ですが、登別市発祥の地でもあります)
★上鷲別 小公園(片倉家家臣による鷲別開拓発祥の地、登別市)
片倉家は、仙台藩伊達家の家臣で、現在の宮城県白石市を中心に領地を有していました。幕末の戊辰戦争で仙台藩が明治新政府に敵対し敗北、片倉家は領地のほとんどを没収され、家臣を養いきれなくなります。そこで片倉家の主従は北海道に新天地を求め、1869年(明治2年)に政府から幌別郡の開拓を許されました。
主従は翌1870年(明治3年)から移住を開始します。移住者の先発隊はまず、6戸が上鷲別に入植しました。彼らはアイヌの人々の手を借りて里道を整備し、仮住まいの住居として30坪の長屋1棟を建てて開拓に励むことになりました。家臣たちは草むら密林を切り拓いて開墾を進め、各自小さな草葺きの家を建て、1871年(明治4年)2月には第1陣が移り住みました。
この小公園は、1870年(明治3年)以降、鷲別開拓の拠点となった開拓発祥の地を記念したもので、開拓団の先発隊、第1陣が最初に入植した場所にあたります。(2018年5月、現状を確認)